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ある少年の死
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- 2006/09/27(Wed) -
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昨日、「授与されたDatuk称号は、犯罪を犯したりすると剥奪されることもある。」と書いていて、思い出した事件があります。
これは、中国の田舎から立身出世を夢見て、マレーシアにやってきた少年のお話しです。 福建省の農村で暮らしていた Xu Jian Huang (ズー・ジャンファン) の家に、遠縁にあたる叔父さんがマレーシアからやって来ました。 ジャンファンの曾お爺さんと その叔父さんのお爺さんが兄弟という関係です。 その叔父さんの身なりは立派で、見るからにお金持ち、マレーシアでDatuk Seri という称号まで貰って、皆に尊敬されているということです。 親戚中に取り囲まれているその叔父さんを、ジャンファンは憧れと羨望の眼差しで見ていました。 そんな時、その叔父さんはジャンファンに、マレーシアに来て勉強すれば英語を習得できる、その後はイギリスやオーストラリアの大学に行ける、自分が面倒を見てやるからマレーシアにおいで、と言ってくれたのです。 叔父さんは、ジャンファンの二つ年上のお兄さんにも一緒においでと言ってくれました。 ジャンファンのお父さんもお母さんも、息子の輝かしい将来に期待をよせて二人をマレーシアへ送り出しました。 クアラルンプールの叔父さんの家は、いろんな国の大使館が近所にある大きなお屋敷でした。 叔父さんの家には二人のボディガード、運転手、庭師、お手伝いさん、中国から来た叔父さんのガールフレンドが居ました。 マレーシアで暮らし始めた二人の兄弟は、すぐにホームシックにかかってしまいました。 叔父さんはこんなにお金持ちなのに、二人が通う学校まで送ってもくれませんし、スクールバスのお金もくれません。だから二人は、車だったら10分もかからない学校に 1時間もかけて歩いて通いました。 それにすごい癇癪持ちで、怒ると二人(特にお兄さん)に暴力を振るうのです。 お兄さんは、叔父さんの暴力に耐えきれず、半年で中国に戻ってしまいました。 お兄さんはジャンファンに一緒に帰ろうと言いましたが、将来ビジネスマンとして成功すると堅い決心をしていたジャンファンは、一人で叔父さんの家に残りました。 お兄さんが帰国した後も、ジャンファンは毎日学校へ一人で徒歩通学をしていました。 学校で遠足やキャンプがある時も、叔父さんからお金を貰う事ができないジャンファンは、参加できません。 それでも、ジャンファンは学校が大好きでした。放課後にクラスメート達とバスケットをするのが楽しみでした。 お兄さんが居なくなった後、叔父さんは 今度はジャンファンに暴力を振るうようになりました。 叔父さんの暴力は日を追うごとに酷くなって行きました。 堪えられなくなった時、ジャンファンは学校の担任の先生に相談しました。 ジャンファンの居た所が もしアメリカだったら、学校の先生だってドメスティック・バイオレンス(家庭内暴力)あるいは児童虐待で叔父さんを訴えて、ジャンファンを助けることができたでしょう。 でもジャンファンが居たのはマレーシア。そして叔父さんは社会的地位もあり、Datuk Seriという肩書きを持つ権力者でした。 ある日、叔父さんが泊りがけの出張から帰ってきて、ベッドルームに隠してあった3万リンギット (約100万円) が無くなっていることに気がつきました。 叔父さんはジャンファンを疑い 問い詰めましたが、そんなことはしていないとジャンファンは言い張りました。 怒った叔父さんは、ジャンファンをロープで後ろ手に、そして両足も縛り上げるよう二人のボディガードに言いつけました。そしてお金を取ったと白状するまで殴れと言いました。 ジャンファンは最後まで自分はお金なんか取ってない、と言い張りました。 死因は、殴られ過ぎた圧迫死でした。殴られた後に放り込まれたのでしょうか、プールの底に沈んでいたそうです。 ボディガードの一人は、ロープで縛り上げられたジャンファンの姿を携帯電話のカメラで撮っています。どういうつもりで写真なんか撮ったのでしょう? 14歳の少年を大人三人で痛めつけることが面白かったのでしょうか? 捜査中に、お金を盗んだのはボディガードだったことが判明しました。 叔父さんと二人のボディガードは逮捕され、裁判にかけられました。 叔父さんのDatuk Seri称号は、逮捕後に剥奪されました。 誰もが叔父さんとその二人の有罪判決を信じていました。 ところが、裁判で検事側の証人になるはずだった 運転手と叔父さんの中国人ガールフレンドが 消えてしまったのです。 運転手は忽然と姿を消してしまいました。 不法滞在者だったガールフレンドは、カジャンの刑務所に入っているはずなのに、いつのまにか強制送還されていました。中国に戻った後の彼女は行方不明です。 結果、証拠不十分で三人は無罪放免となりました。 皆、ジャンファンを殺したのはこの三人だとわかっているのに、証人がいなかったために、彼らは自由の身になったのです。 この記事を書くために、昔の新聞記事を探しましたが、三人が無罪放免になったせいでしょうか、もう閲覧することができません。 この事件について書いているマレーシア人ブロガーがいます。英語です。 Metaabsurdism Politics 101 Malaysia Desiderata−ylchong 今日 9月27日はジャンファンが殺された日、3回忌です。 |
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