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どんたく@Bukit Bintang
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- 2007/02/10(Sat) -
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【2008年2月26日追記】
現在、『どんたく』があった店舗は工事中です 『どんたく』の改装なのか、他のお店になるのか、わかりません。 なくなったら、寂しい・・・。 ![]() ブキット・ビンタン通りにある「どんたく」に行ってきました。 お店の名のとおり、博多の屋台を思い起こさせてくれるメニューです。 焼き鳥の種類も一杯。 馬刺しもあります。熊本から空輸するのかな? それともマレーシアの馬・・・? (私は、馬刺しは食べません!) ここは、大勢の仲間と飲み会をしてもいいし、 単身赴任の方が一人で行っても居心地よくお食事できそうです。 お店の(日本人の)お姉さんが、一人でお食事してるお客様を気遣ってお話し相手をしていました。 それを見て、好感度がグ〜ンとアップ! ![]() この日は二人で行ったので、私はラーメン、ダンナはカツ丼でした。 餃子が美味しかった。 外国で食べるラーメンはこういうものなのかな。 日本料理のシェフはラーメン職人じゃないから、博多ラーメンを期待するほうが間違っている。 でも、博多ラーメンに 「しなちく」 を入れるのは、止めて欲しい! はっちゃんラーメン、だるまのラーメンが恋しい・・・ ![]() どんたく Dontaku Japanese Restaurant 148 Jalan Bukit Bintang, 55100, Kuala Lumpur. 電話:03-21434266 21434227 ファックス:03-21446254 実は・・・どんたくの語源がオランダ語だって知ったのはつい最近のことです。 どんたくについて知ってることと言えばその位。 そこで今日は博多どんたくについて調べてみました。 長いので、興味のある方だけ続きをどうぞ。
博多どんたく
博多どんたくは、毎年5月3日と5月4日に開催される祭り。 200万人を越える人出で賑わう、日本でも最大級の市民の祭り。 博多祇園山笠とともに福岡博多を代表する祭り。 【語源】 オランダ語の Zondag → ゾンターク → 日曜日 ゾンターク は「土曜日」や「半日休暇」を意味する「半ドン」の語源でもある。 【歴史】 1179年 (治承3年) − 貝原益軒の「筑前国風土記」に、 「博多にて正月15日松囃子と云う事を取行う」と書かれている。 これは、当時の支配者だった重盛の善政を偲んだ行事という説。 1595年(文禄4年) − 博多の町人が筑前領主小早川秀秋(関が原の戦いの名武将)の名島城 (現在の東区名島)へ松囃子を仕立て、藩主表敬の年賀の祝いを行ったのが 始まりとも言われている。 1872年(明治5年) − 明治政府が博多松囃子は文明開化にそぐわないとして禁止する。 1871年(明治4年) − 明治政府が制定した祝祭日 (四大節)は「ゾンターク (どんたく)」と呼ばれていた。 1879年(明治12年) − 松囃子を復活させるため「どんたく」と名を変えて再開される。 1938年(昭和13年) − 戦争色濃くなり松囃子どんたくは中止となる。 1946年(昭和21年)5月 − 「博多復興際」として松囃子どんたくが行われた。 1947年(昭和22年)5月24〜25日 − 福岡市、商工会議所、商店街、市民によって博多どんたくが開催される。 → 現在のどんたく形式 1953年(昭和28年) − 「博多松ばやし保存会」結成 (博多松囃子の伝統継承のため) 1954年(昭和29年) − 「博多松ばやし保存会」福岡県無形文化財に指定される。 1957年(昭和32年) − 「博多どんたく松囃子振興会」設立。 どんたくの期間(5月3日〜4日)が決められる。 1976年(昭和51年) − 「博多松ばやし」国の選択無形民俗文化財に指定される。 【博多松囃子とは・・・?】 福神、恵比須、大黒、稚児の四つのグループから構成される。 豊臣秀吉時代の博多復興(太閤町割り=区画分け)という自治組織である 「流れ」によって当番を務める。 福神 → 福神流 恵比須 → 恵比須流 大黒 → 大黒流 稚児 → 稚児東流、稚児西流 福禄寿・恵比須・大黒天の三福神と稚児が行列をなし、城へ年賀祝いにを行った。 この松囃子の本体に、博多の町民が趣向を凝らしたいでたちや出し物で続き、これを「通りもん」と呼んだ。 三福神・稚児・通りもんの構成が現在のどんたくの原型。 「通りもん」が進化した「どんたく隊」は、市内各地の演舞台でパフォーマンスを繰り広げる。 一方、三福神・稚児の博多松囃子の一行は、福岡県庁舎や福岡市庁舎、警察署、県知事公舎、官公庁、ホテル、商家、市内の神社仏閣など数多くの場所を祝い巡る。 三福神はそれぞれ面や衣装を着けた姿で馬に乗り、随伴の子供たちが「言い立て」(祝言)を歌う。 稚児は天冠に舞衣姿の少女が太鼓・鉦・笛・地謡いに合わせて舞いを披露する。 祝われた側は返礼に杉原紙の1束(10帖)と扇1本を組み合わせた「一束一本」を三方に乗せて贈るとともに、祝儀や酒、紅白蒲鉾、乾物などでもてなす。 博多松囃子の写真 【一束一本とは?】 松囃子の祝賀を受けた者が贈る返礼品のことで、杉原紙の1束(10帖)と扇1本を組み合わせたもの。鎌倉時代以降の武家の贈答の形式である。小早川秀秋が名島城にて筑前国を治めていた頃は銭50貫文を渡されていたが、黒田家の福岡藩では一束一本を与えるようになった。現在でも松囃子に対して各家や各企業はこの一束一本を三方に乗せて御礼としている。(ウィキペディアより) 【博多どんたくの歌】 ぼんち可愛いい 寝んねしな 博多どんたくの試聴 ![]() 品川女郎衆は十匁 十匁の鉄砲玉 玉やが川へスッポンポン 一度は気やすめ 二度はうそ 三度のよもやに ひかされて 浮気男の くせとして 女房にするとは しゃれかいな もうしもうし 車屋さん ここからや柳町や なんぼです 大勉強で 十五銭 三銭 まけとけ 赤ちょこべ 博多どんたく 松ばやし 恵比須に 大黒福禄寿 千代に繁昌の街じゃもの めでたく祝うて スッポンポン 【しゃもじ】 どんたくで忘れてならないのが、「しゃもじ踊り」。 両手のしゃもじを叩きながら、♪ぼんち可愛いやねんねしな〜・・・♪と踊る。 これは、食事の用意をしていた商店の女将さんがどんたくの囃子を聞きつけて外に飛び出し、持っていたしゃもじを叩いて行列に加わったのが始まりと言われている。 【現在の博多どんたく】 5月3日 9:00AM − 博多松囃子の一行が櫛田神社で修祓を受ける。 10:00AM − ベイサイドプレイス博多埠頭で開会式典 10:00AM〜9:00PM − 市内各所に設置された舞台で、どんたく隊による演舞の披露 1:00PM〜 − どんたく広場 (明治通り)を始点としたパレード 5月4日 一日中 − 松囃子、ドンタク隊の演舞 3:00PM〜 − パレード 6:00PM − どんたく広場でフィナーレの「総おどり」 − 参加自由 5月2日〜4日 トラックに電飾等装飾を施した「花自動車」の運行 10年くらい前のどんたくパレードの中にどこかで見たことのあるような軍団・・・と思ったら、マレーシア航空のスチュワーデスでした。 福岡の名物は祭りだけじゃありません。 ラーメン、筑前煮、ふぐ、白子の踊り食い、めんたいこ、いちご・・・って全部食べ物ばっかしだけど。 そう、苺が美味しいんです。 「とよのか苺」、そして最近でてきた「あまおう苺」。 東京では栃木県の「とちおとめ」が市場を独占していますが、福岡の苺も負けてませんよ〜! mikarindaさんの「思うツボ日記」には、美味しそうな「あまおう苺」の写真が一杯です。 ストロベリー・ビュッフェのご紹介もあります。 福岡へ行かれる方は必見デス! |
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